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堀内見聞録

見て、聞いて、咀嚼

DAVID BOWIE IS

david bowie is に行ってきた。

 

こんなにクリエイティブに生きてきて

人々を湧かせてきた人がいたのか、と。

そして当時のその瞬間に触れれなかったことがとても寂しく

そしてもう過ぎてしまったことであることにも切なさを覚えた。

 

 

ただ、今回の行かなくては、という衝動に関しては、奇妙なもので。

何しに行ったんだろう、私は。

結果david bowieという人をより知ることができた。

感銘を受けた。

ただ、それは何になるんだろう

ということばかり考えてしまうのだ。

 

よくわからない。

ただ、行かないよりは、行ってすごく良かった。と思う。

 

 

2月にしては暑い中、友達の家で寝て風呂も入らず朝出て

bowieの写真を見るために汗だくになって歩いた。

待っていたbowieはアラジンセイン、ash  to ashesの道化、ダイアモンドドッグス、どれも忘れられない。

鋤田正義の展示では、少し素の顔を見せていたbowie。マニアックな視点だが、腕にサラサラと毛が生えているのが見えて、人間味を感じなぜかすごく安心した。

 

ただ、bowieが新鮮だった時代に生きてきたわけでもなく、私にとってそんな特別な存在ではないはずだ。なぜ私はbowieにこんなに影響を受けているのか。私にとってbowieは何なんだろう。

そんなことばかり考えていた回顧展をめぐる旅だった。

 

ただ一つ、私に影響を与えた人がとても好きだったということはある。

私がこんなにもbowieに魅力を感じてしまうのは、それのせいなのだろうか。

そんなこと考えてもしょうがないのだけど、

なぜだか瞳の奥まで知りたくなるような、どこまでも探究心が駆られる魅力を

bowieが放っているということだろうか。

 

その時その時に、何を考えていて、何を求めて、音楽をやっていたのか

そういうことを私は知りたい。

知っても何にもならないのは承知だ。

逆に知れば知るほど、胸は高まるが寂しい気持ちに襲われる。

本当に、本当に不思議である。恋みたいなものかな。

 

こんなことを書いている自分も少し、狂気的だが。

面白いのでしばらくは思うまま、にしたいと思う。

 

 

 

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